ロシアがウクライナに侵略をはじめたのは2月24日だったが、その2日後の26日にロシアの国営メディア通信RIAノーボスチに「新世界秩序」と題された署名記事(筆者はПетр Акопов)が掲載された。ロシアが一挙にキーウを占領することを想定し事前に準備されていたものと考えられるが、周知のようにキーウの攻防戦はウクライナの抵抗で長引き、すぐに削除された。しかしこの記事のロシア語原文と推定されるものがそのままウズベキスタンのニュースサイト「スプートニク」に転載されて現在も残っており、さらにその英訳版がパキスタンのニュースサイト「フロンティアポスト」にも掲載されている。転載されたものや英訳版が原文によるかどうかは原文が削除されているので確定できないが、英訳版を読んでみると内容が生々しく、原文に間違いないと考えたのと、内容は広く知られるべきだと思い、全文私訳したみた。

その後に、たまたま山形浩生氏が「ロシアの攻勢と新世界の到来 -侵略成功時のロシアの予定稿」と題するポストで、26日に掲載されたロシア語原文がネット上の記事をアーカイブしていくサイト「Wayback Machine」に捕捉されていたことを知った。山形氏も私と同様、転載されたものが原文に違いないと判断されていた。氏も英語版経由で全文翻訳し、原文にある写真の説明もされている(私訳では写真説明は省略している)ので、そちらを読まれることをお勧めする。が、上で述べたように広く読まれることに越したことはないと思うので、noteにも私訳をポストしておきたい。なぜ広く読まれるべきだと思うのかといえば、ここで述べられている内容こそ、いまウクライナを侵略しているプーチンの頭の中で描かれている「新世界秩序」構想だと考えるからである。

なお、段落は読みやすいように訳者が区切ったもので、一箇所ある太字部分(疑いもなく核攻撃を示唆するものと考えられる)も訳者が施したものである。*部分は訳注。

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新世界秩序(The new world order)

ペトル・アコポフ(Петр Акопов)

我われの眼の前に新しい世界が生まれつつある。ウクライナにおけるロシアの軍事作戦(*いわゆる「特別軍事作戦」)は新しい時代を三つの次元において一挙に導き入れたのだ。四つめはもちろんロシア国内の次元としてである。ここから、イデオロギーの次元と社会経済システムの次元の両方で新しい時代が始まる。後者については後で説明することにしたい。

ロシアはいま統一を回復しつつある。1991年の悲劇(*ソ連邦の崩壊)、すなわち我われの歴史における大惨事、その不自然な混乱はいまや克服されつつある。確かにそのプロセスでは、兄弟でありながらロシアとウクライナの軍隊に所属することで切り離され、互いに撃ち合うという内戦の悲劇的な出来事をくぐり抜けなければならないし、甚大な犠牲を払うことになるが、その困難を克服した暁には、反ロシアのウクライナは消え去ることになるだろう。

いまロシアは、ロシア世界として、すなわちロシアの人民を大ロシア人、ベラルーシ人、そして小ロシア人(*ウクライナの侮蔑的呼称)をまったき形で結集した形でその歴史的な完全性を取り戻しつつあるのだ。もし我われがこの課題を放棄し、一時的な分裂を何世紀にもわたって続くのを許せば、祖先の記憶を裏切るだけでなく、ロシアの大地が崩壊するのを許したとして子孫によっても呪われることになるだろう。

ウラジーミル・プーチンは、ウクライナ問題の解決を将来の世代に委ねないと決意することでこの歴史的な責任を引き受けたのだ。ウクライナ問題を解決する必要性は、二つの理由から、ロシアにとって常に主要な問題であり続けてきた。国家安全保障上の問題、すなわち、ウクライナ内部に反ロシア分子が形成され、西側が我われに圧力をかけるためウクライナが前哨基地化されることは、二つの理由の中で二番目に重要なものに過ぎない。

一番目にくるのは、ロシアを家に見立てれば、最初にその基礎の一部であるキーウを失い、その後に、一つではなくロシアとウクライナという二つの国家、二つの国民が存在するのを受け入れることを余儀なくされたという民族分裂、民族的な屈辱の問題である。これはつまり我われが、歴史を捨てて、「ウクライナだけが本当のロシアである」という非常識な考えに同意するか、「ウクライナを失った」時を思い出して、どうしようもなく歯ぎしりするだけの状態に置かれることを意味する。ウクライナをロシアに連れ戻すことは、時とともにますます困難になっていくだろうし、ロシア人の非ロシア化や、ウクライナにおいて小ロシア人をロシア人と対立させる扇動が勢いを増していくことになる。

だが今や、この問題は解消されたのだ。ウクライナはロシアに戻ってきた。しかし、これはウクライナが国家として清算されることを意味するわけではなく、再組織され、再建されて、ロシア世界の自然な一部として戻ってくるということである。では、(集団安全保障条約機構とユーラシア連合あるいはベラルーシ・ロシア連合国家を通じてであれ)どのような国境で、どのような形でロシアとの同盟が調整されるのか?これは、反ロシアのウクライナの歴史に終止符が打たれた後に決定されるだろう。

いずれにせよ、ロシア国民の分裂の時代は終ろうとしている。
そして、ここから来るべき新しい時代の第二幕が上がることになる。ここではロシアが西側とどう関係していくかが焦点になる。それはロシアだけでなく、ロシア世界、すなわち地政学的に全体で一つのまとまりとして行動するロシア、ベラルーシ、ウクライナの三国に関わるものだ。ロシアと西側との関係は新しい段階に入ったのであり、西側はロシアがヨーロッパにおける歴史的国境に復帰したのを目撃することになる。彼らこれを見て大いに憤慨するだろうが、彼らの魂の奥底ではこれ以外にはありえなかったと認めざるをえないのだ。

パリやベルリンなど古きヨーロッパの首都にいる誰かで、モスクワがキーウを諦めるだろうとか、ロシア人が永遠に分裂状態を受け入れるだろうなどと心底信じていた者がいたか?ドイツとフランスのエリートたちがアングロサクソンからヨーロッパ統合の支配権を奪い、統一ヨーロッパを結成しようとしているまさにこの時期に?というのは、ヨーロッパの統一が可能になったのはドイツが統一したことによってなのだが、このドイツ統一が(必ずしもスマートな形ではなかったにせよ)良きロシア人の意志に沿って起こったことを忘れてしまっているのではないか?この後に、ロシアの大地の上でさらに盗みを働こうとするのは、忘恩の極みであるだけでなく、地政学的な愚かさと言うべきである。西側全体が、特にヨーロッパにおいてそうであるが、ウクライナをその影響圏にとどめる力は持てなかったし、ましてウクライナを取り込む力はなかったのだ。これを理解できないのは、
地政学的な愚か者だけである。

正確に言えば、西側には他にただ一つ、ロシアのさらなる崩壊、つまりロシア連邦の崩壊に賭けるというオプションがある。しかし、これが実現不可能であるのは既に20年前に明らかになっていたはずだ。そして、15年前のプーチンのミュンヘンでの演説においても、たとえ聴覚障害者でさえロシアが戻りつつあることを聞き取ることができただろう。

いま西側は、ロシアが戻ってきたという事実、ロシアが利益のために犠牲を払う計画を正当化しないこと、ロシアが西側空間の東への拡大を許さないことでロシアを罰しようとしている。西側はロシアを処罰する理由を求めて、ロシアにとって西側との関係が決定的な重要性を持っているからだなどと考えている。しかし、これは長期にわたって妥当でないことは明らかになっている。世界は変化したのであり、このことははヨーロッパ人だけでなく、西側を支配するアングロサクソンにもよく理解している。

ロシアに対する西側の圧力がどれほど強力なものであっても何の成果も上げられないだろう。両者の対立が先鋭化すれば双方に損失が発生するのは避けられない。しかし、ロシアは道徳的に、地政学的にその準備はできている。しかし(ここで言っておくが)、対立の激化で西側が負担する莫大なコストの主要なものはまったく経済的なものではないのだ

ヨーロッパは、西側の一部であるが、その中で相対的な自治を望んでいた。たとえばヨーロッパ統合に関するドイツの展望は、旧西欧世界に対するアングロサクソンの思想的、軍事的、地政学的な支配を前提とするものであり、戦略的に意味を持つものではなかった。アングロサクソンが自分たちの管理下にあるヨーロッパを必要としている以上、それは成功する見込みはなかったのだ。

しかし、ヨーロッパは別の理由でも、すなわち諸国間の内部対立や矛盾が拡大し、結果として孤立政策を取らざるを得なくなる場合や、地政学的な重心が移動しつつある太平洋地域に焦点を合わせる必要が出てきた場合にも自律性を必要としているのだ。
しかし、いまアングロサクソンがその方向にヨーロッパを引きずっていこうとしているロシアとの対決は、ヨーロッパが自律するチャンスを奪うことになる。同じようなやりかたでヨーロッパを中国と決裂させようとしている事実も同様な結果を導くのは言うまでもない。

いま、イギリス、アメリカ、カナダが世界の中心だと思い込んでいる大西洋主義者が、「ロシアの脅威」によって西側ブロックは団結を強める結果になるだろうと考え、それに満足しているなら、ベルリンとパリが自律への希望を失い、ヨーロッパの統合計画が中期的には崩壊することを理解できなくなるだろう。
これが、自律心を持つヨーロッパが、東の国境に新しい鉄のカーテンを建てることにまったく関心がない理由である。なぜなら、彼らはそれがヨーロッパ自身を囲いこむ塀に転化してしまうことを認識しているからである。

いずれにせよ、一世紀にわたる(より正確には、半世紀だが)西欧の世界支配の時代は終わった。しかし、将来の選択肢はまだ残されている。「
新世界秩序(a new world order)」の構築が加速しており、その輪郭はアングロサクソンによるグローバリゼーションを覆うことを通してますます明瞭に見えつつある。

(西欧一極支配の時代が終わり)多極世界がついに現実のものになったのである。ウクライナにおける作戦は、ロシアに対抗する西側以外の誰も巻き込むことはない。なぜなら西欧以外の
世界は以下のことを完全に理解しているからである。すなわち、これはロシアと西側の間の抗争であり、大西洋主義者の地政学的拡大に対するロシアの対応であり、ロシアが歴史的空間と世界におけるあるべき位置に復活することだと。
いまや
中国とインド、ラテンアメリカとアフリカ、イスラム世界と東南アジア諸国の誰も、西側が世界秩序を指導しているなどと信じる者はいない。まして、彼らがゲームのルールを決めているなどとは。

ロシアは西側に挑戦しただけでなく、西側の世界支配の時代が完全にそしてついに終わったと考えるべきことを示しめしたのである。「
新世界秩序」は、すべての文明と複数の権力の中心によって、したがって当然、統一されているかどうかにかかわらず西側とともに築かれるだろう。しかし、それは西側の条件やルールに従ったものではないのだ。

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